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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9421号 判決 1980年8月28日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 吉武伸剛

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 南條勝利

<ほか三名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金三五万円及びこれに対する昭和五一年七月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  主文第一、二項同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三〇年一一月二〇日生まれの健康な男子であって、肩書住所地に実母訴外乙山花子、同人の夫訴外乙山一郎(元警視庁巡査)とともに居住する八王子市民であり、寿司店に勤務し、将来は調理師の資格をとるべく、真面目に働く若者であって、未だ前科、逮捕歴のなかった前途有為の青年である。

2  本件不法行為の発生

(一) 警視庁八王子警察署司法警察員山本孝久巡査部長(以下「山本巡査部長」という。)、同鍋田達治巡査部長(以下「鍋田巡査部長」という。)らは、昭和五一年七月二二日午前八時頃、原告を八王子警察署捜査係室に連行し、原告に対して窃盗未遂の被疑事実を告げ原告が右被疑事実を否認するや、同日午前一〇時三五分、同所において原告に対する右窃盗未遂被疑事件の逮捕状を執行し、身柄を拘束した。

右被疑事実の大要は、「原告は、昭和五一年七月一四日午前二時一〇分頃、八王子市東浅川町一、〇二七番地大貫駐車場内において、飛谷正雄(以下「飛谷」という。)所有の乗用車の窓ガラスを破り、車内の物品を窃取しようとしたが、物色中発見されて未遂に終わったものである。」というにあるが、八王子警察署捜査係が、原告を被疑者として逮捕状を請求するに至った端緒は、飛谷の乗用車の横に、原告の使用したモーターバイクが駐車してあったという一事である。

(二) しかしながら、原告は、同月一四日午前一時三〇分頃、モーターバイクに乗って前記大貫駐車場に行き、同所にモーターバイクを駐車し、右駐車場に隣接する同市東浅川××××番地の丙川春子(以下「丙川」という。)宅に行き、同人とともに就寝しており、犯行があったとされる時刻には犯行現場には居なかった。

原告は、前記逮捕に引続いて、執拗な取調べを受けたため、右アリバイを主張し、丙川からの事情聴取を要求したが、山本巡査部長らはこれを聞き容れず、原告の身柄を検察庁に送致するに至るまで、丙川に対して事情聴取を行わなかった。

(三) のみならず、山本巡査部長らは、原告の母乙山花子、同人の夫乙山一郎と面会し、元警視庁巡査であった乙山一郎から慎重な捜査を求められるや、留置中の原告に対して、「お前の母と義父に会ってきた。お前の義父は、これだけ証拠が揃っているのでは仕方がない。一応認めて早く出て来いと伝えてくれと言っていたぞ」と虚偽の事実を申向けて誤導尋問を繰り返し、さらに「こんなつまらんことで一〇日も二〇日も留められてはつまらん。ビールを五本飲んだことにして、酔った挙句の犯行だということにしろ。そうすれば、すぐ出してやる。罪名も窃盗未遂ははずして、器物損壊だけにしてやる。」と利益誘導の尋問を繰り返し、時には恫喝的態度をも交えて自白を強制した。

(四) さらに、山本巡査部長らは、原告の実父甲野夏夫に会い、原告に無断で、同人に対し、被害者と示談をすれば、原告を早く釈放する旨申し向け、心配した同人をして、原告に真偽を確かめる暇もなく、飛谷に三万円を支払わせて示談書を作らしめた。

(五) なお、山本巡査部長らは、同月二四日、原告の身柄を八王子区検察庁検察官に送致したが、その際、同日午前中に丙川を派出所に呼び出し、原告の主張するアリバイの裏付捜査をしておきながら、同人の供述録取書を送付しなかった。

3  損害の発生

(一) 以上の経過を経た後、八王子区検察庁検察官は、同月二四日、原告につき釈放指揮をなして、その身柄を釈放し、同月二六日、前記窃盗未遂被疑事実につき原告を起訴猶予処分に付した。

(二) 原告は、同月二四日、釈放された後、弁護士吉武伸剛を弁護士に選任し、同弁護士は、同年八月二三日午後四時頃、原告の依頼により八王子警察署に出頭し、同署刑事官三条宗男警部(以下「三条警部」という。)に対し、原告にはアリバイがあり、本件被疑事件については無実であるから、丙川の取調をするように申し入れた。これに対し、同警部は丙川の取調は終わっているから、再度取調べる必要はないが、供述録取書は送検していないので、追送するし、再度の取調が必要であれば検察官にやってもらった方がよいと考える旨回答した。そこで、同弁護士は、右供述録取書を必ず追送するよう要請したが、追送がなされたのは、同月二六日頃のことである。次いで、同弁護士は、同月三〇日、担当検察官東副検事に対し、書面をもって本件被疑事件の再捜査を申し入れたが、同検事からは、本件はすでに同年七月二六日処分済みであり、再捜査は不要である旨の回答を得て現在に至っている。

(三) しかしながら、原告のアリバイに関する重要な証拠である丙川の供述録取書が、原告の身柄とともに送検されていたならば、検察官の捜査は慎重に行われ、原告の無実の主張は、その段階で認められたものと思われる。

原告は、本件被疑事実については、犯罪の嫌疑なきにもかかわらず、以上のように、山本巡査部長らの違法な捜査によって逮捕、留置されたうえ自白を強制され、アリバイに関する丙川の供述調書を身柄とともに送検されなかったために、起訴猶予処分という有罪的処分に処された。このため、原告は、著しく名誉を傷つけられ、精神的に多大にしてかつ、回復し難い損害を被ったが、その損害は、三五万円に相当する。

4  ところで、山本、鍋田両巡査部長三条警部は、いずれも前記のとおり警視庁八王子警察署に勤務する警察官であって、被告から給与を受け、かつ、被告の選任監督を受ける地方公務員である。

5  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法第一条、第三条に基づき、山本巡査部長らがその職務を行うにつき故意又は過失により原告に加えた前記損害金三五万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五一年七月二五日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  第1項の事実中、原告の将来目的は知らないが、その余の事実は認める。

2(一)  第2項(一)の事実中、山本巡査部長らが原告を連行したこと及び逮捕状請求の端緒が原告使用のモーターバイクが犯行現場に駐車していたとの一事であったとのことは否認するが、その余の事実は認める。

後記のとおり、八王子警察署捜査員は、原告には本件被疑事件を犯したと疑うに足りる相当な理由が認められ、かつ、逃走のおそれ、証拠湮滅のおそれが十分認められることから、原告の逮捕状を請求し、逮捕に先立っては、鍋田、山本両巡査部長が原告の任意同行を求めたもので、連行したものではない。

(二) 同(二)の事実中、原告が昭和五一年七月一四日、モーターバイクに乗って大貫駐車場に行き、同所に駐車して、丙川宅に行ったことは認めるが、その時刻については否認する。山本巡査部長らが、原告の身柄を送検するに至るまで、丙川の事情聴取を行わなかったことは認めるがその余の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実中、八王子警察署員が、乙山花子、乙山一郎と面会したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四) 同(四)の事実は否認する。

但し、昭和五一年七月二四日、原告の実父甲野夏夫が、八王子警察署長宛の、甲野夏夫と飛谷との間における示談書一通を、同署に持参、提出したので、同署員中川賢士警部補(以下「中川警部補」という。)がこれを受理したが、その際、甲野夏夫は、他の一通を検察官に提出済みである旨述べていたことはある。

(五) 同(五)の事実は認める。

但し、鍋田、山本両巡査部長は、昭和五一年七月二四日午前一一時、原告の身柄送検後、丙川から八王子警察署高尾駅前派出所にて事情聴取したが、これはアリバイの裏付け捜査のためではなく、原告の犯行後の足取りについての裏付けを得るためである。その際、丙川は、七月一四日午前一時頃までテレビを見て、その後寝付かれず枕許の目覚時計を見たら午前二時頃になっており、その約一時間後に、原告が白の上着姿で訪ねて来た旨供述したので、その旨を検察官に補充通報した。

3(一)  第3項(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実中、吉武伸剛弁護士が弁護人に選任され、同弁護士が昭和五一年八月二三日、八王子警察署に来庁し、三条警部に対し、丙川の再度取調方を申し入れたが、三条警部はこれを拒否したこと及び丙川の供述録取書が、同月二六日に追送されたことは認めるが、右追送が、同弁護士の申し入れに基づいて行われたことは否認し、その余の事実は知らない。

三条警部は、丙川については本件事件発生後に事情聴取していること、事件発生後一ヶ月以上も経過して関係者と接触した後に再度事情を聴取しても真実性が乏しいこと等の理由から、再度の事情聴取は必要がないと思われる旨の回答をしたものである。また、同署においては、丙川の供述内容については、すでに検察官に補充通報してあるが、同弁護士が丙川の再度の取調べを求めるような言動をなしたので、念のため、同月二六日、丙川の供述録取書及び原告の犯行前の足取りについての春日井秋子の供述録取書を追送したものである。

(三) 同(三)の事実は否認する。

4  第4項の事実は認める。

5  八王子警察署員らが行った本件被疑事件の捜査には、次に述べるとおり、何らの過失も、又、違法な点もない。

(一) 昭和五一年七月一四日午前二時一五分頃、飛谷から、警視庁通信指令室立川分室に対して「午前二時一〇分頃、八王子市東浅川町一〇二七番地の大貫駐車場で車両を物色していた不審者が逃げた。」旨の一一〇番通報があり、同分室からこの旨の通報を受けた八王子警察署の鍋田、山本両巡査部長ら数名の警察官及び警視庁機動捜査隊所属警部補千原輝勇(以下「千原警部補」という。)同巡査部長中山秀夫(以下「中山巡査部長」という。)他数名の警察官が、午前二時二〇分頃、相前後して現場に赴き、飛谷から事情を聴取したうえ、付近の捜索を行った。

(二) 鍋田巡査部長らの事情聴取に対する飛谷の供述は、「七月一三日午後六時三〇分頃、自宅から二〇メートル位離れた大貫駐車場に、自己所有の自家用普通乗用自動車(多摩五六せ五九九一号)を駐車した。駐車の際、各ドアのロックを完全に閉めて、車両後部左側に盗難予防装置を取りつけ、駐車中の車両に震動が加わると自宅にある受令器のブザーが鳴るようにセットしておいたところ、翌一四日午前二時頃、右ブザーが鳴ったので、泥棒ではないかと思い、午前二時一〇分頃、傘と懐中電燈を持って右駐車場に赴いた。車両のそばに近寄ると、年齢二〇歳位、身長一六五ないし一七〇センチメートル位の白っぽい上っぱりを着た男が、自己所有の車両の後部左側のガラス窓から手を差し込んで内部を物色していたので、泥棒待て、と大声を出したら、男は逃走し、追いかけたが見失った。駐車場付近は、甲州街道の街燈で明るく、また、懐中電燈を所持して至近距離から男の姿を見た。車両を点検したところ、前部左側ドアのロックが外され、後部左側の窓ガラスが壊されていた。車両の近くには、見慣れぬ五〇CCの原動機付自転車一台が置かれてあり、そのエンジン部分は、温かかった。」というものであった。

(三) そこで鍋田巡査部長らは、右被害者の申立に基づき、同人の車両及びその近辺を見分した結果、本件を、自動車あるいは自動車内部の物を狙った窃盗未遂事件であると認め、右車両から五メートル位離れた右駐車場内部にモーターバイク(八王子市う二八四号)一台が倒されており、そのエンジン部分に温もりが残っていたので、右モーターバイクが本件事件に係わりがあるものと認め、その所有者を調査したところ、東京都八王子市高尾町一、五九九番地居住の、訴外山ノ井国雄(以下「山ノ井」という)の所有であることが判明した。

(四) そこで、千原警部補らは、同日午前三時頃、山ノ井宅に赴き、同人から事情を聴取したところ、同人は、同日午前〇時三〇分頃、原告から「家まで帰るのに遠いから、バイクを貸してくれ。」と頼まれて原告にモーターバイクを貸したが、その時、原告は、勤務先の寿司店で使用している白の割烹着のようなものを着ていた旨の供述を得たので、さらに、原告の人相、特徴等を聴取した。

続いて、千原警部補らは、原告の勤務先「□□寿司」に赴き、店主である訴外丁原五郎から事情を聴取したが、原告は、右の仕事着である白色の割烹着姿のまま友人のところへ行くと言って店を出たまま、帰っていない旨の供述を得たのみで、原告の所在は、確認出来なかった。

他方、中山警部補らは、同日午前三時三〇分頃、原告の母及びその夫の居住する東京都八王子市○○町×××番地乙山一郎方に赴き、原告の弟及び妹から事情を聴取したところ、原告は寿司店に住み込みで働いており、帰って来ていない旨の供述を得、原告が同所に立寄った事実がないことを確認した。

(五) そこで、鍋田、山本両巡査部長は、同日、右捜査の結果を八王子警察署刑事官三条警部に報告したところ、同警部は、中川警部補、山本、鍋田両巡査部長らに本件窃盗未遂被疑事件の捜査を下命した。そして、山本、鍋田両巡査部長は、再度、飛谷及び山ノ井から詳細な事情を聴取し、これを調書に作成する等捜査を続けた。

その後、三条警部、中川警部補らは、右捜査状況を検討し、被害者飛谷が目撃した犯人の年令、人相、着衣等と、山ノ井らが供述する原告のそれとが酷似すること、犯行現場にはエンジン部分が温もっているモーターバイクが遺留されてあり、これが犯行に使用されたと認められること及び右モーターバイクは山ノ井が原告に貸したものであり、その後本件犯行までの時間も接着していること、右モーターバイクを原告が借り受けてから他人に貸したとの事情も考えられないこと、原告は帰宅を理由にバイクを借用したのに、実家である乙山一郎宅にも住み込み先の□□寿司店にも帰っていないこと等から判断して、原告には、本件犯行を犯したと疑うに足りる相当な理由が認められ、かつ、逃走のおそれ、証拠湮滅のおそれが十分認められることから、本件犯行について強制捜査手続を進めることとした。

(六) そこで、三条警部は、同月二〇日、原告の逮捕状を請求し、同日その発付を得た。そして、山本、鍋田両巡査部長らは、同月二二日午前八時頃、原告を□□寿司店から八王子警察署に任意同行を求めたうえで、本件被疑事件との関連で、本件犯行時刻前後の原告の行動状況等について調べた。これに対して、原告は、自己の行動状況については、七月一四日午前〇時三〇分頃、大貫駐車場にモーターバイクを駐車して、近くにある大衆割烹「海の幸」に行ったが閉店していたので、モーターバイクをそのままにしてスナック「オレンジ」に行き、食事をしてから午前三時頃徒歩で乙山一郎宅に帰った旨を供述して本件犯行を否認した。

しかしながら、原告は単に犯行を否認するのみで、具体的な行動状況について明確にし得なく、またその供述内容も措信し難いことから、同日午前一〇時三五分、原告を逮捕状により逮捕した。

(七) この後引続いて、鍋田巡査部長が、原告に、弁護人選任、弁解の機会供与等所定の手続を行った後、山本巡査部長とともに八王子警察署捜査係取調室において原告を取調べたが、原告は、前記同様の供述をして、自分にはアリバイがある旨主張し、依然として犯行を否認し続けた。

このような状況から、鍋田、山本両巡査部長は、原告の取調べ終了後、原告の主張する前記のアリバイについて裏付捜査を行ったところ、大衆割烹「海の幸」経営者日和正男から、七月一三日は午後六時頃開店し、午後一一時三〇分頃閉店した旨の、スナック「オレンジ」経営者福田京子からは、原告は月に二、三回来店するので良く知っており、七月一三日は午後六時三〇分頃開店し、翌一四日午前二時頃閉店したが、来店しなかった旨の、原告の義父乙山一郎からは、原告が七月中に帰宅したのは、七月一〇日と七月一六日の二回であり、いずれも所用で立ち寄っただけで、泊った事実はない旨の、各供述を得たが、原告の主張するアリバイは、存在しなかった。

(八) そこで、鍋田、山本両巡査部長は、七月二三日午前八時三〇分頃から、八王子警察署捜査係取調室において、原告の取調べを行い、原告の主張するアリバイには何等裏付けがなかったことから、「言っていることが全部違うがどうしたんだ。」と告げると、原告は、しばらく黙考した後、午前一〇時三〇分頃に至って、「申し訳ありません。私がやったことに間違いありません。私が一人でやったことです。」とようやく犯行を認める供述をし、次いで、飲食店「さかえ」に行き飲食した後、山ノ井からモーターバイクを借りて大貫駐車場に行き、ブロック石で車両後部左側の窓ガラスを割ったが発見され逃走し、三〇分位付近にひそんだ後、丙川宅へ行った旨犯行の経違と状況について供述し、犯行現場付近を図示したので、鍋田巡査部長らは、これを調書に作成した。

(九) 八王子警察署は、翌七月二四日、本件を原告の窃盗未遂被疑事件として、身柄とともに八王子検察庁検察官に送致した。

三  被告の主張に対する原告の認否

1  被告が第5項(一)、(二)で主張する事実は知らない。

2  同(三)で主張する事実中、大貫駐車場内にモーターバイク一台が駐車されていたこと及び右モーターバイクの所有者が山ノ井であることは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同(四)で主張する事実中、山ノ井が原告にモーターバイクを貸したこと、原告が「□□寿司」に勤務していること、原告の母及びその夫が東京都八王子市○○町××××番地に居住していることは認めるが、その余の事実は知らない。

4  同(五)で主張する事実は知らない。

5  同(六)で主張する事実中、三条警部が、被告主張のとおり逮捕状を請求し、その発付を得たこと、原告が、被告主張の日時に八王子警察署に同行され、取調べを受け、本件犯行を否認し、逮捕されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

6  同(七)で主張する事実中、鍋田巡査部長が、原告に弁護人選任、弁解の機会供与等所定の手続を行ったことは否認し、原告がアリバイがある旨主張して犯行を否認し続けたとの点は認めるが、その余の事実は知らない。

7  同(八)で主張する事実中、原告が犯行(但し、被害者所有の乗用車の窓ガラスを破ったとの点のみ)を認める供述をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

8  同(九)で主張する事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  警視庁八王子警察署(以下「八王子署」という。)刑事課刑事官三条警部は、昭和五一年七月二〇日、原告に対する窃盗未遂被疑事件につき八王子簡易裁判所裁判官に対し逮捕状を請求し、同日右逮捕状の発付を受けたこと、右被疑事実の大要は、「原告は、昭和五一年七月一四日午前二時一〇分頃、八王子市東浅川町一〇二七番地大貫駐車場内において、飛谷所有の乗用車の窓ガラスを破り、車内の物品を窃取しようとしたが、物色中発見されて未遂に終ったものである。」というものであること、八王子署刑事課捜査係山本、鍋田両巡査部長は、同年七月二二日、午前八時頃、原告を八王子署に同行し、原告に対し右窃盗未遂被疑事実を告げたところ、原告がこれを否認したため、同日午前一〇時三五分頃、同所において右逮捕状を執行し、原告の身柄を拘束したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、右逮捕に至るまでの経緯についてみるに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。即ち、八王子署刑事課捜査係の鍋田巡査部長は、昭和五一年七月一四日宿直勤務中、同日午前二時一五分頃、警視庁通信指令室立川分室からの八王子市東浅川町一〇二七番地大貫駐車場で車両物色中の不審者が逃亡した旨の通報に接し、直ちに宿直責任者中川警部補の指揮のもとに、山本巡査部長と共に出動し、同日午前二時二〇分頃右大貫駐車場に到着したところ、これと相前後して警視庁機動捜査隊八王子分駐場所属の千原警部補以下四名の警察官も現場に到着した。右現場は、八王子署から西方へ約一、五〇〇メートルほど行った地点で、甲州街道の北側に面した南向きの約二〇〇坪の広さを有する駐車場であり、その東側には甲州街道から入る三メートル巾の道路沿いに入口があり、北側は一般住宅に接し、西側は草むらとなっており、周囲には東側入口部分に一部有刺鉄線が存するほかこれを囲繞するものはなく、非舗装で凹凸のある駐車場であるが、街灯の照明のためかなり見透しがきく状態にあった。右駐車場北側の一般住宅のうち同駐車場北西隅に近いあたりに後述する丙川の居宅があり、右東側入口の三メートル道路を隔てた向い側に後出の大衆割烹「海の幸」が店舗を構えており、被害者飛谷の居住するアパートはその更に東側に存在する位置関係にある。当時、右駐車場には東側入口から一〇メートルほど離れた箇所に乗用者二台(うち道路から向って右側の一台が被害者飛谷所有車)がいずれも頭部を北向きにして並んで駐車しており、そのかたわらにモーターバイク一台が横転していた(大貫駐車場にモーターバイクが一台置かれていたことは当事者間に争いがない。)。鍋田巡査部長らは、到着後直ちに同所に待受けていた被害者飛谷から事情を聴取したところ、同人が前記アパートの居室で就寝中、同日午前二時頃、右駐車場に駐車した同人所有の乗用車に設置しておいた防犯装置に連接する自室据付のブザーが鳴ったため、直ちに洋傘と懐中電灯をもって右駐車場入口に来ると、同入口から一〇メートルほど離れた箇所に駐車中の同人所有の乗用車の後部左側の窓ガラスが破られ、そこから頭を車内に突込んだ格好で物色中の人影を発見したので誰何した途端、その犯人は直ちに西側の草むらの方向に逃走したが、犯人は白っぽい上っ張り風の上着を着用し、年令二〇才前後で、身長は一六〇ないし一七〇センチメートル見当の男性である旨申立てた。そこで、鍋田巡査部長ら臨場した警察官は、自動車盗あるいは車上盗未遂事件が発生したものと判断し、付近を捜索したところ、飛谷所有車両の後部座席左側の窓ガラスは割れ、その後部座席には二〇センチメートル四方大のブロック石一個が遺留されており、右車両のかたわらに横転していたモーターバイクには未だ熱気が感じられたため、右各物件はいずれも犯行に関連するものとして、これを領置する手続をとった。そして、機動捜査隊の無線通信により、指令室を通じ、右モーターバイクの所有者を照会したところ、その所有者は八王子市高尾町居住の山ノ井であることが判明した(右モーターバイクが山ノ井の所有であることは当事者間に争いがない。)。そこで、鍋田巡査部長らは、同日午前三時頃、右山ノ井に会って尋ねたところ、同人は当日午前零時三〇分頃右モーターバイクを実家に帰るという原告に貸与したこと及び原告は□□寿司店の住込店員であり、当日は白っぽい寿司屋の店員が着用する上っ張り風のものを着ていた旨の供述を得た(山ノ井が原告にモーターバイクを貸与したこと及び原告が□□寿司の店員であることは当事者間に争いがない。)。一方、機動捜査隊の千原警部補らは、二手に分れ、同日午前五時頃までの間に、原告の勤め先である□□寿司と原告の実家において、店主や家人から事情を聴取した結果、当日はいずれにも原告が立寄っていないことが判明した。八王子署刑事課刑事官三条警部は、同日午前八時頃、右捜査結果の報告を受け、当時偶々八王子署管内において車両ねらいが多発していたため、鍋田、山本両巡査部長に対し、右被疑事件につき継続捜査を下命した。そこで、右両巡査部長は、翌一五日被害者飛谷から被害届の提出を求めるとともに、参考人として被害情況につき供述録取書をとり、次いで同月一七日には山ノ井からも再度参考人として供述を求め、その供述録取書を作成した。このようにして蒐集された捜査資料に基づき、前記三条警部は、(1)被害者飛谷が目撃した犯人の年令、着衣と現場にあったモーターバイクの所有者山ノ井が申立てる右モーターバイクの借主たる原告の年令、着衣が酷似していること、(2)右モーターバイクの貸与がなされた時と犯行時が接着していること、(3)現場に遺留された右モーターバイクには走行後間もないと推定される熱気が残っていたこと、(4)原告が当夜実家にも勤め先にも帰っていないことからして、原告が本件窃盗未遂事件を犯したと疑うに足る相当な理由があり、かつ逮捕の必要性もあるものと判断して強制捜査に踏み切ることとし、前記のとおり逮捕状の請求をなし、その発付を受けた。そして、前述のとおり、同年七月二二日午前八時頃、原告の勤め先の□□寿司店に赴いた鍋田、山本両巡査部長が原告に八王子署まで同行を求め、同署において、同月一三日夜から翌朝にかけての行動を尋ねたところ、原告は、同月一四日午前零時三〇分頃、友人の山ノ井と別れて後独りで前記大貫駐車場前の大衆割烹「海の幸」へ行ったが、閉店後のためスナック「オレンジ」へ行き、同店で食事をした後、八王子市○○町の実家に午前三時頃帰った旨申立てた。そこで、直ちに右スナック「オレンジ」の経営者福田京子に電話で照会したところ、当日は午前二時頃まで店を開いていたが原告は来店していない旨の回答を受け、また、当日原告がその実家にも立寄っていないことは事件発生当日の捜査結果により判明していたので、原告には犯行当時のアリバイがないものと認め、同月二二日午前一〇時三五分頃逮捕状を執行し、原告の身柄を拘束するに至った。

以上の事実が認められ、これを動かすに足りる証拠はない。

三  上記認定の事実からすれば、原告が本件窃盗未遂事件を犯したと疑われてもやむを得ない情況にあったというべきであり、前記捜査員らが原告につき右窃盗未遂事件を犯したと疑うに足りる相当な理由があるものと判断したことは、これを是認することができる。そして、原告に逮捕歴、前科がないこと(この点は当事者間に争いがない。)、本件窃盗未遂被疑事件の事案それ自体としては比較的軽微なものであることを考慮しても、当時八王子署管内に同種事件が多発していたこと、原告の年令、独身の住込み店員であるとの生活環境等をも斟酌するときは、前記捜査員らが原告につき逮捕の必要性あるものと判断したこと、そして、逮捕状執行直前の原告の供述には、事件発生当日の行動につき裏付捜査の結果と喰違いがあるところから、虚偽があるとみて、放置しては逃亡もしくは罪証湮滅の虞れがあるものと判断して右逮捕状を執行したことについても、その各処置はいずれも妥当なものとして、これを肯認するに妨げはない。

従って、右逮捕状執行に至るまでの捜査過程には格別違法視すべき点は見当らないものということができる。

四  そこで、進んで逮捕後の捜査情況についてみるに、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。即ち、前記逮捕状執行後直ちに、鍋田巡査部長らは、原告に対し弁護人選任権があることを告げたうえ、逮捕状記載の被疑事実を告げ、原告の弁解を求めたのに対し、原告は、犯行があったとされる時間にはスナック「オレンジ」に居り、その後同日午前三時頃実家に帰ったので、右容疑の犯罪は犯していない旨申立てたので、その旨の弁解録取書を作成し、原告の署名指印を求めたところ、原告はこれに応じた。そこで鍋田、山本両巡査部長は、引続き、大衆割烹「海の幸」及びスナック「オレンジ」につき裏付捜査を行い、右「海の幸」の経営者からは犯行当夜は七月一三日の午後一一時三〇分頃に閉店した旨、スナック「オレンジ」の経営者福田京子からは電話照会の際と同様七月一四日には原告は来店していない旨の各供述を得、それぞれその旨の参考人調書を作成した。次いで、両巡査部長は、原告の弁護人選任依頼の意向の伝達も兼ねて原告の実家を訪ね、併せて原告の実母及びその夫乙山一郎から事情を聴取し(鍋田、山本両巡査部長が原告の実母及びその夫乙山と面会したことは当事者間に争いがない。)、原告が月に一、二回しか実母の許に立寄らず、その際にも泊っていくことはない旨の供述を得て、同様に参考人調書を作成した。翌七月二三日、鍋田、山本両巡査部長は、前日の裏付捜査の結果にもとづき原告の再取調をしたところ、原告は当初依然として犯行を否認していたが、右取調開始後一時間ほどして犯行を自白するに至った(原告が当初犯行を否認していたが、後に一部―乗用車の窓ガラスを破った点―について犯行を自白したことは当事者間に争いがない。)。右自供の大要は、犯行当夜、原告は友人の山ノ井と同人の勤め先である原島商事前の焼鳥屋「サカイ」で食事をし、七月一四日午前零時三〇分頃、実家に帰るためといって山ノ井からモーターバイクを借りて同人と別れ、再度「サカイ」で飲酒した後、同日午前一時三〇分頃店を出て、当時情交関係にあった丙川方に赴くため大貫駐車場に至り、モーターバイクを立てようとしたが、地面に凹凸があり、酔も手伝ってうまくモーターバイクを立てることができず、これを横転させてしまったため、かっとなり、腹立ちまぎれにすぐ傍にあったブロック石を同所に駐車中の飛谷所有の乗用車の後部座席の窓ガラスに投げ込み、車内をのぞいていたところ、誰何されたので、その場から西方の草むらを経て裏手に逃げ出し、三〇分ほど付近に潜んでいたうえ、同日午前三時頃右駐車場裏の丙川宅へ行ったのであり、今まで事実を隠していたのは、本当のことをいうと、双方の両親から交際を反対されながら密かに交際を続けている丙川に迷惑をかけると思って黙っていたものであるというにあった。そこで、鍋田巡査部長らは、その旨の供述調書を作成するとともに、原告に現場図を作成させたところ、駐車場内の情況、車両の駐車位置、モーターバイクの横転位置、逃走経路が被害者飛谷の申立てた目撃情況や現場の情況に合致していたので、原告の右自供は信用し得るものと判断し、右図面を供述調書末尾に添付した。そして、鍋田巡査部長らは、当日は送検書類の整理等をしたうえ、翌二四日午前八時頃、原告の身柄とともに事件を八王子区検察庁に送致した(右送検の事実は当事者間に争いがない。)。引続き、同日、鍋田、山本両巡査部長は、原告の自供による犯行後の足どり確認のため、午前一一時頃、丙川を同女の勤め先の寿司屋近くの高尾駅前巡査派出所に呼出して事情を聴取したところ、同女は、七月一四日は午前一時頃までテレビを見た後で知らぬ間に寝入り、うとうととして枕許の目覚時計を見たところ午前二時であったが、それから仲仲寝つかれずにいるうち、小一時間ほどして午前三時頃、原告がスナック「オレンジ」で飲んでいて遅くなったといって来た旨申立てたので、その旨の供述調書を作成し、これを読み聞かせたうえ、これに同女の署名指印を得たが、同調書は同年八月二六日まで送検されなかった(七月二四日午前中に丙川を派出所に呼出し、事情聴取をしたこと及び同女の調書が同年八月二六日まで送検されなかったことは当事者間に争いがない。)。一方、右事件の送致を受けた八王子区検察庁検察官は、受理当日の同年七月二四日、原告につき釈放指揮をしてその身柄を釈放するとともに、同月二六日、右被疑事件につき原告を起訴猶予処分に付するに至った(この点はいずれも当事者間に争いがない。)。

以上の事実を認定することができ(る。)《証拠判断省略》

五  以上認定の事実からすれば、原告逮捕後の捜査情況にも別段違法とすべき点は認め難いものということができる。

原告は、執拗な取調を受け、自白を強制された旨主張するが、前記認定のとおり原告の供述が捜査員らの裏付捜査の結果と一致しないところから、その供述に虚偽があるものとして、かなり追及的な取調も受けたであろうことは推測するに難くないが、それ以上に出て、自白の強制があった旨の原告本人の供述は弁論の全趣旨に徴したやすく信用できないし、他に、自白の強制に当ると評価すべき行為があったことを窺わしめるような証拠は何もない。また、原告は、犯行時には丙川方に居た旨アリバイを主張したが取上げてくれなかった旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに副う部分があるが、上記認定の事実により明らかな捜査の経過に徴し、右の如き申立があったにも拘らずその裏付捜査がなされないことは考えられないから、原告の右供述は到底信用することはできない。かえって、前記認定のとおり送検後に丙川から事情聴取がなされていること自体、むしろ原告の申出がその主張の如きものではなく、前記認定の如きものであったことを推測せしめる一徴憑であるともいうことができるのである。更に、原告は、七月二四日作成された丙川の供述調書の送検が遅れたことを非難するが、右供述調書が検察官の起訴猶予処分前に追送されていたとしても、《証拠省略》により明らかなとおり、その処分結果には何らの消長を及ぼすことはなかったものというべきであるから、この点を難ずる原告の主張も採ることはできない。

なお、原告が釈放後選任した弁護人である吉武伸剛弁護士が八月二三日八王子警察署に三条警部を訪ね、同警部に対し丙川の再取調を申入れたが拒絶されたことは当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、三条警部が右申入を断った理由は、すでに丙川の供述調書は作成ずみであり、また、釈放された原告との接触が当然に予想されるところであるから、その後における供述の信憑性は乏しいものと考えたことによるものであることが認められ、上記認定の諸事情の下において三条警部が右の如き判断をしたとしても、無理からぬものとしてこれを肯認することができるから、この点を捉えて、その措置を難ずるのも当らないものというべきである。

六  以上の判示により明らかなとおり、本件捜査員らの一連の捜査過程にはそれなりの合理性があり、従って、本件捜査員らの捜査活動には違法とすべき点は認めることができないから、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないことは明らかである。

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

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